飯田くん8/22誕生日おめでとうSSです
かっこいい攻×かっこいい受沼の住人の趣味を全快にフルスロットルで、二人ともバイクも乗れる設定です(飯田家はいつ何があっても救助に役立つようあらゆる運転免許を取ってる家系イメージで)
なるべく気づかないようにしている飯→轟で片想い飯田くん+天晴兄さん
陽が高く昇り、朝間のまだ青く身軽な空気が頭上に抜ける。一番仕事の勘が冴える時間だ。
都心の警察署内に、白く長いウィングトレーラーが乗り入れる。後部のリヤドアがゆっくりと開いていき、やがて純白に艶光るアーマードスーツが二影見えた途端、沈黙が割れた。
『――通信接続異常なし。前後方障害なし。カタパルトセット完了。ピット・ワン減速十秒後に建造物前に停止』
数十名の子供たちも署員も、機外に漏れるカウントに義務を忘れ、はしゃぐおもざしがリヤドアごしに覗いていく。
無垢な子供の歓びが、無機質な乗り物の内側から明けていく光りの中に溢れる。目の前の、あたりまえに健全に育っていく心を打つ表情の変化が燦然とまたたく。
この場に誇り立てることが嬉しい。
『インゲニウム、ビッグ・イング、ピットアウト』
わっと叫ぶ児童が飛び上がり、腕を振ってヒーローへの応援を口々に乗せる。
カタパルトから空に浮遊し、グラウンド上空へピットアウトしていくビッグ・イングに続き、白バイさながらの白い勇壮な大型二輪が飛び出した。
特殊改造のマフラー四本をふかしながら、立ち乗りになったインゲニウムが子供たちを囲む署内敷地を回旋する。
バイクパフォーマンスと合わせて、側面のウィンドサイドパネルがオートでフルオープンしていくトレーラ―の内部が子供たちの目の前に現れ、皆が前に詰め寄り手を叩いて歓喜した。
大きな歓声が波打つように真夏の地の上に沸く。駆け上がるボルテージに寄せ、インゲニウムの機体の回転数も上がる。
白い残像とサイケデリックなピンクの排気が高く尾を引き宙を飛ぶと、バイクはトレーラ―前にぎゅっと半円を描いて砂塵を巻いて停止した。
現役ヒーローと復帰後の力強いヒーローを前に、無数に名前を呼ぶ声を署員たちが何とか収める。
「間瀬垣小二年の皆さーん!今日は何と、チームIDATENの二人の現役ヒーローたちが、この間瀬垣署にやってきてくださいました!もう一度大きな拍手でお迎えください!」
マイクを繰る署員がこちらを振りかぶり、手を打ち出すと、児童たちと引率教師もそれに続いた。間瀬垣小は仮免補講時雄英とも縁があるので、雄英卒のヒーローには特に前のめりになるのだ。
「やあ、みんな。こっちは所長のインゲニウムと、副所長の俺、ビッグ・イングだ。この場に呼んでくれてどうもありがとう」
子供たちも大人も映画やアニメで見るようなメカニカルで重厚な仕かけに、一様にテンションを上げたばかりだ。元気に拍手と返事が弾ける。
きらきらとした期待と夢に焦がれる眸で、インゲニウムとその復帰した兄のビッグ・イングの雄姿を食い入るように見つめていた。兄のサポートアイテムの補助も順調で安心した。
所長である俺のほうは人を遣う立場になったが、兄の後ろにつく癖がなかなか抜けず、ビッグ・イングが気遣いに先んじることがまだ多い。
危ないから下がって五列に並んで、と止めたバイクの傍らで子供たちを誘導する。教師もそれにならって列整理に手を貸してくれた。
「みんな良い子で順番に整列できたな?みんなの協力に、チームIDATEN一同感謝する!」
きつく俺が戒めたあとでも、目の前の子供たちはにこにことまばゆい好奇心に満ちている。こうなりたいという、夢を純粋に見る雑味のないまっすぐな光りがやはり好きだと思った。
「今日はこの俺インゲニウムと、こちらのビッグ・イングの一日ダブル署長を務めさせてもらうことになった。みんなこれから言うことをよく聞いて、インゲニウムと約束できるかな?」
はーい、と明快な返事が四方から大きく瞬き、自然とマスクの中で俺の口角が引き上がる。やり甲斐を感じる瞬間だ。八年経っても、未だに委員長然とした手癖も抜けない。
今日の署長依頼の内訳は、通学時の交通ルールについての上映会とチームIDATENによるヒーローの一日パフォーマンスの披露だった。
兄と交互に工程説明を行い、俺に交代したところでふと目線の奥に動く像を見つけた。
警察署正門奥の歩道に、一台のバイクが路肩に止まるのが見えた。黒光りするよく磨かれたスーパースポーツバイクに若い男が跨り、こちらを見ている。
大型のトレーラ―が止まっているので気になった近隣の人間かと注視しながら口を動かしていたが、違うと気づいた。
濃紺のスーツとキットが他種押し下がるユーティリティベルト。温度調整器でもあるタクティカルベストのシルエットで、一目で青年の出自が誰なのかがわかる。
仕事の出勤前か遠方への出動のいずれかで通りかかったんだろうか。
―――轟くんだ。
遠巻きでも俺のスピーカーを通した説明は聞こえているんだろう。耳を傾けているのか、しばらく停車したままだ。
黒いヘルメットのシールド部分が跳ね上がっていて、涼し気な互い違いの両目と火傷跡、白と赤の前髪だけが覗いている。
もしかして、俺を見ているのか。
訂正すべくは俺の日頃のヒーローの所業と姿勢を、というところだと思った。自らそう打ち消す訂正をした途端、ぎくりと心臓がわななくのを感じた。そういう思い過ごしはよくないと念じる。口が鈍りそうになり集中をし直す。
マスクの下で身じろいだ気持ちを何でもないように否定をしていると、ふと路肩に横付けしこちらを見ている轟のメットが揺れる。
大柄なバイクを跨ぐ端正な肢体は綺麗で、ふっと俺に向けてその目許が微笑んだ気がした。
「天哉…?」
傍らから少し不審に思ったんだろう兄が、目立たぬよう俺を覗き込む。声をかけられることで今際に立ち返る。
思いつきで、いや――。
それよりも、誰よりもこの場で息を潜める静かな彼の姿を称えたくて。
今は痺れのなくなった左腕を振り上げた。
仕事中に振幅するものを、戒めたかっただけなのかもしれない。
喉が勝手に声を張り上げていた。
「…みんな後方に注目!今日も偉大な彼のように、俺たちヒーローは暇を問わず市井を守っているんだ」
ヒーローショートを差し示す俺の指先を辿ったすべての子供たちは、想像したとおりにわっと眼を輝かせた。
「ショートだあ……!!」
「生ショートだ!バイクかっけえ…っ!!」
子供たちの黄色い声が矢継ぎ早にショートを呼び、矛先が自分に変わった引き締まった身体がびくりと動揺した。
咄嗟にどうふるまえばいいか迷ったような様相が見てとれて、申し訳ないと俺は思いつつも、注視される彼がどういう反応をするのか見守った。彼は今やナンバー2だ。
再び歓びと夢を絶えず見られるようになった子供たちの渦中で肯定される彼を、見ていたかった。
ショートは軽く左手を上げ、子供たちの歓声に応えた。すかさず下ろしていたミラーシールドを下げ、轟くんは颯爽と排気を残し立ち去って行った。
スポーツバイクは前傾がきつく機体に這うような姿勢を取る。口数の少ない怜悧な彼の一体の躰となったようでとてもよく似合い、美しく格好良かった。
旧友が現場に向かうのを見届けて、子供たちへの説明を再開し、兄と共に署内の視聴覚室へ案内する。
ヒーローを掬うのは誰だろうというのは、児童相談で出張を共にする麗日くんの一家言だ。轟くんの瑕(きず)の残滓を、僕はまだ確かめられていない。
彼の今の歓びや生き甲斐も昔のように今度は酒を呑み、過去を懐かしみ邁進のため共に学ぼうと誘い合うことはない。そんな風に僕のヒーロー概念が明確に地固まるくらいの、長い時間が経ってしまった。
それでも、彼は路肩に止まり俺を見ていた。
あの瞬間、あの頃路地裏で君がけしかけた俺の姿を思い出してでもくれたんだろうか。
だから今の俺を見て笑ってくれていたんだろうか。
燦然とではなく、さっきのひっそりと息を潜めていた彼のように、その過去の出来事から長く俺を焦がす青白い月火に似た熾火の正体が、もうすぐ覗いてきそうだった。
自分でも考えないように、口にはしたくないだけで、頑張り続けている彼には気づかれたくはないものなんだろうとは自分でも気づいている。
この仕事が終わって、ヒーロースーツを脱いだ深夜にそっと、改めて確かめたいなと思った。
裏表のない子供たちの素直な憧憬と期待のように。
今日彼に偶然見つけられた俺の姿について。今の轟くんについて、二人だけで無性に今夜もしくは明日にでも。話をしてみたいと思った。
了