Beacon Oneの2年後、アンサー的な後日談です
付き合っているヒロス飯田(26)×浴衣轟(25)
⚠︎屋外駅弁・中出し
轟くんに完全に堕ちて欲望とエゴフルスロットル飯田くんが轟くんの本質にようやく気がつく話。轟くんが行為中M気味ですがちゃんと攻ぽい積極受です
最後のほうに少しキレ爆豪がいます
飯田くんは陰部をはっきり日本語で言ってる子なのでゴムでもなくコンドームでもなく避妊具かなと思った
当初花火テーマのワンライ用に1500字くらいで書いてたんですが、飯田誕生日話が気に入ったので続きにしちゃいました。長くなった
開け放されている明かりのない控室をくぐる。出口のドアを閉めきると、灰のコンクリート塗りの壁にやけに反響した。警備ヒーローや祭の準備委員は出払っていて、十畳ほどの部屋は無人だった。
窓が開いたベランダ外のガーデンベンチに人影がもたれている。二色の短い毛先が青黒い夕闇に揺れ動いた途端、仕事の気が抜け胸に温いものが滲んだ。
抱えていたメットを室内デスクに置いて窓辺へ近づく。はしゃぐ子供たちを制し口清くなっていた口許が緩み、自然と引き上がる。
「来る前に何か食べてきたのかい。焦凍くん」
背もたれに身を預けた轟くんが振り返り、一瞬呆けたように薄闇を進んできた俺を認め、相合を崩した。
「…いや、昼から食ってねえ」
休憩用にいただいた屋台のパック焼きそばと割り箸をベンチ前のガーデンテーブルに寄せ、轟くんの左隣に腰を下ろす。
「悪かったな。俺の代わりに警備任せちまって」
轟くんは高級そうな反物の浴衣を身に着けていた。母がよく祭礼で着物を着るので多少は詳しかった。薄灰地に引き染の、幾何学的な菊小紋が全体にくまなく染め抜かれている。灰ぼかしの帯もグラデーションのようで品がある。
話していた法事は喪服で臨んだとは思うが、祭りに顔だけ出すためにわざわざあつらえたのだろうか。優艶で洒脱な着こなしだ。
「構わないよ。今日は普通に俺は出勤日だったんだし。…その浴衣、君によく似合っているな。格好いいよ」
一瞬ぽかんと瞠目したあとに、轟くんはふっと微笑んだ。
「…ありがとな。卒業した時に一揃えお母さんが俺たちに作ってくれて…姉さんが着てけって」
「卒業記念か…。うちの母もよく着ているからな。何かの折にきちんとしてほしい親心からかな。素敵だな」
「ああ。そう思う」
間瀬垣地区の夏祭り会場公民館に、是非ショートと大・爆・殺・神ダイナマイトに今年も警護を、と運営の知己の教師と高校生になった子供たちから依頼が来ていた。ちょうど燈矢さんの三回忌の直後で、俺がショートくんの代理を引き受けた。
せっかく毎年引き受けていたのにやはり顔だけでもと、当日夕方からショートくんも顔出しだけはすると主催側へ伝えていた。到着するとショートくんは手放しで子供たちに歓迎されていた。
学校主体ではない街の公営花火大会開始時間まで、控室で待機してもらうことになったのだ。
「時間が経って、少しは落ち着いてきたかい?」
何を、とは告げなくても、今の俺と轟くんの間でなら伝わる過去の家族の掻痒だと思っていて、具体的には言わなかった。
「実はあんま…」
俺のアーマードスーツの右肩に、くしゃりとたわんだ赤い毛先が雪崩れる。彼のこめかみと額が肩口に預けられ、寄りかかられて、どきりとした。彼は普段こんなことは全くしないからだ。
「経読んでる時、いろいろ思い出して…考えてたな」
甘えて、みているんだろうか。そういう身体的に懐くという概念すら彼にはないんだろうと思っていた。無意識でそうしたのかぎこちなさも作為も感じない。彼の家は名家だ。飯田にも心当たる。
黙って座っていられないほどに法事の親戚づきあいで疲れているのかもしれない。脆さの片鱗を見せてくることが愛おしく不謹慎にも可愛らしく思えて、俺は轟くんの右肩にそっと腕を回す。
浴衣の肩が身じろいで、改めて轟くんが重心を預けてくる。
ぐっと力を込めて、宥めるように骨組のしっかりした肩を包む。
「…何でも聞くぞ。俺は聞きたい。思うところがあるのなら、俺にだけでも話してくれないか」
燈矢さんの葬式に参列した時の、瑕ついているのかも読めない彼に寄り添おうとした自分の気持ちを思い出す。十代の歳の頃のような不鮮明な勇気で、今日と同じように踏み込んだのだ。
荼毘――もとい長男燈矢の細火になっていた生命が、二年前の秋に立ち消えた。刑務と獄中死まぬがれ、と週刊誌や主要メディアが心なくすっぱ抜き、再び轟家に戦禍の訴求が及んだ。一日署長を兄さんとした真夏のあの日から三カ月後くらいだった。
その頃連絡をした轟くんから、塗り物に興味あるやつがなかなかいねえから、と思いがけず個人的な旅に誘われ快諾した。あまり遊びで息抜く印象のない轟くんだから、驚いた。
多忙な彼から人に誘いかけるというのは、クラスメイトでも読めない彼の興味の範囲が伺い知れる機会だった。些細な取っ掛かりに一喜一憂する振り幅が既に見て見ぬふりができなくなっていて、もちろん下心もあった。
折を見て身軽な大人の友人付き合いをするようになり、二人で酒も呑み、児童相談にも誘い臨時ゲストをお願いするまでに至った。
そんな中での家族の不幸の再来だ。
――誰が救うだろう、誰が掬いに来るのだろう。彼を。
忸怩とした気持ちでまだ見ぬ誰かの救済や彼の家のことを見ていた。数日誰からもそういうそぶりの見えなかったのは、時間が彼を癒すのだろうという気遣いからなのか。
アポを取らずに燈矢さんの葬式へ訪った。かつての神野組もいた。
遺影の素顔は轟くんより少し柔和な面立ちだった。
「……五年くらいは兄貴と毎月一回は話してたから、もう他人じゃねえし…。少し淋しいのかもな」
俺の肩にさり、と左の頭部を擦りつけ、轟くんは膝の上で両手を組んだ。
控室の明かりをつけないまま、指の先を曖昧に弄びうなだれているので伏し目の表情はわからない。
「時間かかってもお母さんの時は上手く繋げたから…またそうなるって思ってたのかもしれねえ」
忍んで待った時間はわりと予想していたより酷なものでもなくて、まともなヒーローになれるまで順当に回ってたから。
ぼそりと轟くんはそう続けた。
だから希望や期待を、持っていたんだろうか。
十年経った今でも、彼は母親をお母さんと丁寧に呼んでいることが、何かまだ危うく昇華されない未分化のようなものを感じてしまう。時が止まっているわけではなく、育ちの良さや、大事にしているだけだというのも、わかっている。
「親父が見てなかっただけで燈矢兄はあんなふうになったから……A組のやつらみんなが俺を見てくれてたから、やっぱり俺は諦めずに済んでたんだと思う」
今の彼の一番近くにいる俺の立場でそれを聞いて、少しつきんとするような疼痛感を覚える。
みんな、という枠を彼はよく使う。今も礎にきっとなっている。『みんな』というそれには俺はまだどうも敵わない。それを自覚する。
環境に恵まれていると疑いなく認め、やれることがあるなら個性を磨き考え方を柔軟に変え、駆使して止めるだけ。
轟くんはそうやって合理的に現実を対処してきていたように思えた。それは今でも変わらないが、感情表現をより素直に朴訥な言葉を不器用に付け足し、ようやく今思春期の少年らしい形振りで、かつ素晴らしい大人とが混在する青年に変遷したのかもしれないと感じている。
彼のような、絶妙なバランスで穢れず成り立つ生粋の大人はそうそう見たことはない。
「…そうだな…。うちの兄がそうだ。時間がかかっても、以前と同じではなくても、やはり前に進むからな」
「ああ…」
復帰した兄さんのことを思い起こしていた。
『お前は、弱いな』
『偽物だからだ』
『私欲を満たそうなど、ヒーローから最も遠い行いだ』
ステインに言われた数多の言葉がずっと何年も戒めのようにエコーしていて、エゴなのももうわかっていて、それを望む。
例えるなら緑谷くんや爆豪くん。
そして、轟くん。
彼は役割がどこで他人と分断されるかをあの頃からよくわかっていた。
誰より一段と欲深くないと、潔い正しい彼の中には入れないと思っている。
「そば、一緒に食えなかったな」
仏壇には上げたけど、と失意をまばらに落としていく轟くんを、窮屈なヒーロースーツのままゆっくりと抱きしめる。
囲い込む。
俺が見つけたものを誰にも見つけられずに済むのなら、本当はそれがいいと思ってしまうことを止められない。
俺が彼に奇妙に惹かれてしまう未踏の空隙――。俺はそれを大事にしたい、のに飽き足らず、彼自身でも言葉や態度にならないそれを俺に見せてほしいと思う。
飯田家の男に、こんな狡猾で欲深い人間はいない。
寄りかかる赤い髪が持ち上がり、闇の中で発光する白い毛先が輪郭を持つ。彷徨う灰と青の瞳が俺とひたりと合う。焦点を合わせ俺の視線の左右をうろつく眼の中に、そういう空気が交じる。締めつけるような甘みと期待。
見つけると、いつも際限がなく止まらなくなる。それをわかっていながらどちらともなく間違えがないか答え合わせをするように、ぎこちなくじっくりと冴えたおもざしに顔を寄せていく。小さくまたたく白と赤の長い睫毛を指針に鼻筋を擦り寄せ、口づけた。
「………」
彼もそうなんだろうと間違いがなくなるまで、何度も角度を変えて、柔らかく中央で山になり尖る薄い粘膜を吸って啄む。啄み返される。瞼を閉じた形と通る鼻筋が、いつも彼が整った美形だと感じさせる。俺だけが彼を、と慰めの目的が散漫となり始め、傾ぐ彼の首をぐっと手前に押して胸の中に引き寄せる。
「っん……」
足りねえよ、と甘く食んだ粘膜の内間で囁き、彼は大きく息を吸い込んだ。繊細な吐息が長く漏れ、アーマースーツの両肩に節くれ立つ強い手がかかる。轟くんが焦れて俺の大腿を跨いでくると、テーブルに置いたパック焼きそばが落ちる寸前で受け止め奥へ弾く。
俺の休憩はこれでなくなった。そんなものは構わないと思う。
「焦凍くん…」
外だよ、とつまらない警告は俺も吐き出せなくなっていたから、名前だけを呼ぶ。彼は未だに俺を飯田としか言わないが、それが俺だと言っていた。何だっていい。
一年前より厚みが増した、小ぶりの臀部の肉感を両手で撫でると、はあっと轟くんの昂る呼気が震えた。ずしりと硬い反物ごしの体温が密着した下肢から燃えだし、本格的に口の中を犯し合う。
「…ん…、ふ…っ」
彼の形の良いおとがいが俺の口の中を縦横に器用に、粘膜と歯列を舐め貪ってくる。なめらかな小さな骨の感触を舌で辿り、彼の舌上をぬるぬると嬲る。しばらく何も食べていない彼の唾液は生温く甘い。
二年前までは彼も技巧がなくキスが下手だった。誠実ぶった好意を纏っても若い男同士互いの肉欲に毒されすぎた結果が今だ。轟くんの掛襟から手を入れ鍛えた胸を揉み、ぴんと粒立っている左の乳首を転がすとびくっと臆する。
「ぁ…っ、飯田……、」
掛襟の合わせに手を入れたまま両胸を交互に撫で回しながら、跨いで身頃の開いた轟くんの白い大腿をさする。まだ肌はさらりとしていて汚れておらず、轟くんのほうから能動的にまさぐられに来る。先手を取り直せば俺も止められない。
舌を絡めながら刈り上げた後頭部をぞろりと彼に撫で上げられる。整えた髪を長い指にまさぐられ、ぞくぞくと快感が首筋に走る。整髪料も何も崩れてしまっただろう。
轟くんの臀部が俺の股間の上でうねり、身体を繋げた時のように前後に擦り、揺れだす。
「はぁ…、ん……。…するか」
頬を啄み仰ぎ見た轟くんのぎらりとした吊り目は上目に俺を見ていて、胸で得ている快楽にうっすらと濡れた口を開いていた。こんな顔をされて囁かれて断れるはずがないのに、わかっていてやっている。
「したい、が……」
「…ならいいじゃねえか……ん、」
惑いを塞ぐように口蓋に噛みつかれて、唇を鼻に抜ける喘ぎを彼が漏らす。揺らめく素足の両腿に手を這わせ、身頃の中で俺の股間に擦りつけられている彼のそこもさする。
「ぁ……」
甘く喉がぐずつく彼のそれももう大きく勃起していて、湿りついている。止める気はないと互いに応えを擦り合わせる。ざらりとした浴衣の袖ごしに、彼の両二の腕を捕らえた。
ここからでは客に見つけられる。ここより高いビル群も明かりが明滅し始めていた。野外のベランダ軒先からは河川脇の小さな花火会場が見える。子供たちもまばらに夜に向かう非日常に沸き、笑っている。
後ろ暗さに興奮している。
「…轟くん、こっちに」
ベランダの右端を差して立ち上がろうとするが、彼はその意図がわかったように眼を瞠ったものの動かなかった。
「何だよ…名前呼ばねえのか」
俺の首にもたれてしなだれ絡みつき、にっと薄ら笑う彼は格好いい。美しい冷たいかんばせがすかさず悪びれなく近づき、未だ跨ったままキスをされる。からかい翻弄、したいのか、俺を。止めないから興奮しているんだとは見てとれる。
彼は成熟した大人で子供のように言うことは利かない。そこに性が駆動し彼は俺に言うことを利かせようとするところがある。どう言ったものかと、互いの唾液で濡れた彼の光る唇の色気にまごつき、声を潜める。
「いや………見えないほうが、君を安心して愉しませられる」
大胆なことを大袈裟にらしくなく言い過ぎたなと、羞恥を呑み視線を逸らす。慰めだったものを穿き違えたと感じていたのも束の間、彼に何かくじかれる前に、強引に轟くんをベランダ端の死角へ引きずりこむ。
「……ここなら安心して俺にしゃぶられるのか?お前無理だろ、飯田」
俺の身体で壁際に押さえつけられながら、轟くんは直截的にしたいことを募らせる。しみったれていた法事帰りの彼はもういなかった。人目ははなからどうでもよかったんだろう。
「いや…まだここなら、見えないだろう」
壁に追い込んだ彼を間近に見据えながらも、隠してしまわなければならない理由は顔の知れた者の危機意識だけにまつわるものではない。ただ彼の失意ごと、見られてでも何でも彼が見せてくれる隙を見逃したくないと思った。
今は休憩時で、義務に市井に、現実に。邪魔をされたくないと思ってしまった。
「……人目とかどうでもいいわけじゃねえよ。なんていうか……」
暗い壁際にじれったく正面から抱き合いもつれあう。洗いざらしの浴衣の背を辿り、硬い帯に包まれた引き締まった腰を抱いた。素直になればいい。やはり法事のことでまだ何か上手く言葉にできないんだろう。
互い違いに頬に擦り合わせた鼻先の下で、俺の唾液に湿る彼の唇が首の頸を迷子のように食んでくる。こそばゆいのに、直に耳元を襲う彼の繊細な声質の吐息がとてもエロティックで好きだった。
「…飯田に。見られてえような、気がするみてえな…」
それは。轟くんの腰を抱いている手の平に、ぐう、と力が入る。貝ノ口結びの帯がたわみ、口の中が乾く。
「それは……見、せつけたいとか、そういうかんじのことか?」
自分で整え話してみてようやくしっくりと合点がいく。それはでも単純に性の解放ということだけではないのだとも何となく、少し前までの彼の危機感のない行動と煽る笑みを見て結びつく。
「……それかもしんねえ」
「っ、とっ…焦凍くん、」
そういうことかと二度驚嘆と合点に眼をしばたたく。浴衣地の裾を汚して膝をつき、俺のスーツを下げて口淫をしようとする轟を慌てて止める。ぐっと腕を掴み目の前に引き上げた。
「挿れる前に、舐めなくていいのか」
もの言いたげな目で募られるが、やはり最後までしていいのかと彼と再び視線を交える。
「時間が今はあまりないから…」
焦れたというよりも縋るような下がり眉に、夕間暮れに光る色の違う両眼が水気を揺らしていた。自分がさっき何を言ったのか、実質的にはわかっていないのか。
「今日帰り、うちに来るって言ってただろ、お前」
「う、……その。うん…俺も君の家に泊まる準備をしてきたよ」
轟くんが断らない理由がはっきりする。夜を過ごす準備をされている。どちらにしろ待たれて――いや、彼が過去の悔いを持て余し、彼がいつも俺を煽るように玩弄されてみたいと期待していたのだと思えばもう観念する。
何となく、ようやく彼の解像度がすべて見えてきたような気がする。
彼が強きを大胆に不遜に煽るのも、左を切り捨てようとしていたのも。彼の力に自負があるのも、正義の概念と役割にしっかりと境目があったのも。
本当なら、子供のように楽をして何も考えず努力をせず。安心して他人に屈して預けて、打ち負けてみたいからではないのだろうか。
「…やはりせめて部屋の中に入ろう」
腹の奥がどきどきしていた。秘密を知る動悸にのぼせてくる。彼が割合こういうことに素直で奔放なのはそういうことかと思う。安心という概念が塗り変わっていく。背徳を孕むという見方にぎくりとした。
少し戻りが遅れても爆豪くんは怒鳴るだけだ。彼は俺たちの関係を知らない。今日も初めてここで知る危なげな関係だ。しかも不均衡ではない。俺も彼にそうしたいと既に思ってしまっている。
場所を更に変えようと提案し手を引くが、強く抗う力に止められる。引き止める強さにどくりとして、来たな、と思ってしまう。すぐにかぶりを振られ、俺の首に力強い両腕が絡み締めつける。
「ここでいい……飯田、」
待てねえよ、とかすれた上擦った吐息が俺の口許をよぎる。くすぶりだしていた好きにしたい、見たい、弄んでみたいという渦を耐えるのをもう投げ出した。勢いで柔らかい唇を吸って締まった身体を掻き抱く。
「ん……っ、あ…っ、焦凍くん、避妊具が、」
「要らねえよ…今更だろ…」
見られたいような気がすると言った。
どこかあえてさらけ出して、思うまま解放して傷つきたいのかとも思った。布地から発する熱が裸の轟くんと変わらない。身頃を膝下からからげ手荒にまくり上げると、轟くんもそれを手伝って足を開き俺の太い胴を迎える。
糊が効いて清潔な、上等な反物であるのが手触りでわかる。浴衣の下に付けている下着のゴムに指をかけ引き下ろすと轟くん自ら足首を抜き、無造作にコンクリのベランダに脱ぎ捨てた。
浴衣の下に何もつけていない整った彼の裸の姿態に目眩がする。轟くんの下肢は日焼けていないのもあるが、恥部も髪色と同じように明るく抜けている。全体的に色素が薄く、暴く背徳が強い。
筋張った白い内股を右腕にかついで脚を広げさせる。
「は……っ、なんか興奮する…飯田…」
上目に爛々と熱をたたえ期待に濡れる青い左目に侵略を促される。
雑にまさぐったスーツの救急ポケットからテーピングや包帯など乱雑に取り出すと、無機質な床にぼろぼろと零れた。彼との距離を感じる上半身のアーマーも手早く外し、無造作にインゲニウムを脱ぎ捨てる。
ヒーロースーツをこともなく脱ぎ捨てる俺を轟くんは黙って見ていて、胸をゆるやかに波打たせながら被虐的な期待に満ちていた。ヒーローの片鱗すらここにはない。勤務中に何をしているんだろうと思うが理性は克たない。
いつも轟焦凍という個の男だけが分水嶺だ。安心したい、見られたいという轟くんの水面下の欲望への帰属を耳にしてから、痛いほどに股間が張り詰めている。俗物。低俗。色情狂い。飯田家の正当、次男。さまざまな自虐が苛むが止まれない。
白色ワセリンをたっぷり手の平に掬って、下着を下げた途端跳ね飛ぶ自身に塗りつける。彼のもう手慰みで熟れている肉のあわいにも、迷わずワセリンに塗れた二本の指を差し込んでいく。
「ん…っ、すぐ来いよ…」
その言葉の反動が俺から来るとも思ってもいないんだろう。彼の中ではまだ身体と挑発は結びついていない。強気な上目の内側は打ちのめされるのを待って潤みをたたえている。彼の無意識の中を犯せるのは俺だけで、入るのが待ちきれなくなる。
「少しだけ慣らすよ…テクスチャは固いが…中で溶けるだろうから」
柔らかくなっているからすぐにぱくりと彼の秘裂が割れる。抽挿する俺の指をしゃぶる轟くんの格好を眼前に見下ろすと酷いものだった。
上は清廉に着こなし、押し開いた裸の長い脚と身頃を腰回りにたくし上げ、期待に震える屹立に彼への冒涜を眼で辿る。秘裂を揉んで出し入れするたびに轟くんの膝に力が入る。
耐える眉間が禁欲的に見え綺麗で、引き抜くと鼻にかかる呼吸が色っぽい。
はっ、と今少しの自制に吐き出す息が熱く、眼鏡のレンズを曇らせる。曇りガラスごしに同じように慣らされる下肢を見ている轟くんと目が合い、両手が塞がっているので覆いかぶさり唇を塞ぐ。
すぐに轟くんの口も大きく開き、発熱する顔面の間で舌根が絡み合う。轟くんも興奮している。
「ん…、ん……っ、ふ…」
ヒーローが責務で纏わりつきながらも二人で招いた非日常に、妙な劇薬や毒でも頭からかぶったかのように泥沼にのめりこんでいく。ぬめりつく舌の交錯で溺れていく。ジェルの痕跡をなぞり、彼を物理的に啼き堕とす小さなしこりをくじると轟くんの腰が大きく跳ねた。
「ぁっ…!」
舐め合っていた口蓋を離し、くるくるとひくつく襞を掻きまわしながらじっと彼の反応に見入る。白赤の短い髪の下で柳眉が下がり生理的な潤みで半眼の縁を染め、形の良い唇は淡くおぼつかず開閉する。
空いている彼の右腕が震えて股間にかかり、手首を握られた。
「や、めっ…それ、すぐ達っちま、うっ」
轟くんは堪え性がないタイプで、戦うことと同様、同時に好いところを触れると先んじて制止されることが多い。
「…良さそうだったのに…勿体ないな?」
「……っお前の指太えからだろ…」
罵倒と呼べない非難に悦ばれているのか苦痛なのかがわからなくなる。きっと多分これは良い返事だ。俺の指が前立腺を外すと轟くんの鼻孔が安堵でせつなく啼いた。
「はあ…はっ…、あ…、硬え、指、」
指が厭だと言いながら、轟くんは指に固執し俺の掻きまわし抽挿するを交互に繰り返す動きに合わせ、厭らしく腰を回しだす。開かせた左内股がぴんと外に張り、その膝頭を自ら抱えて彼は室外機の上に足をかけた。
清貧な着物を乱し俺に身も世もなく見られ、誰が見るともしれない屋外でヒーローショートの内側をさらけだす。不意に見つけたほころぶ亀裂から何かトランスしたゾーンのようなところに入っているようにも見えた。
俺の身体に言葉にこんなにも浮ついて崩れても、強く煽り相反するように迎える轟くんはやはりそれでも綺麗だ。俺の指を貪欲に吸ってしゃぶり、ひくひくと痙攣する薄桃の肉輪から愛撫を引き抜く。
「ん…ぁ」
掘削する質量を急に失い、物足りないと呆けたようにうろつく灰青の両眼が俺を見上げる。ワセリンに塗れた性器は轟くんの痴態を焼きつけ硬いままで、二、三度息を止め擦り立てながら彼の唇を啄み、惜しいと吸いつかれた。
「轟くん、入るよ……」
「ああ…」
頷く数センチ差のヒーローの等身は重い。汗でしっとり湿り出した尻たぶと右大腿の肉感を持ち上げる。抱き合うために彼が溶かした薄赤い縁を親指でめくり、轟くんに覆いかぶさった。
「ぅっん…ッ!!」
切っ先が含まれると同時に轟くんの腰を掬い取り、胴をぐっと押しつけながら身頃が乱れた両大腿を胸で抑え抱える。彼は背中の重心が壁にもたれるだけになり、その点を壁ごと突くように性器をじっくりと根本までうずめていく。
「あぁ…っ!あっ…!!」
甘やかに痛い快感がさざ波打つ砲身を彼の秘裂が食い締める。びくびくといつも以上に肉を噛む彼の中に既に出したくなる。長くは耐えられそうにない。
「多分…っ、ごめん、すぐに終わる…っ!」
何故か挿入する時に轟くんと呼んでしまったなと浮つく頭が思う。
押し耐えた息を大きく吐き出すとようやく彼の顔が正面から見られる。いいよ、と囁くような低い喘ぎが向き合った口許に触れる。磁力で引き合うように舌を出し合い、口腔の外で卑猥に粘膜を舐め合う。銀の糸が無数に引き顎を濡らす。
体液が滲みるヒーロースーツ、休憩時間、罰当たり。無様に開いたままの口腔で舌を絡め、避妊具をしない剥き出しの内臓を繋げる。誰へともなく彼との秘匿を見せつけるのは痛々しくて気持ちが良かった。
「飯、田…っん…あ…!」
油断するとすぐなし崩れそうな体位で、腕全体にのしかかる轟くんの身体をすぐに揺すり始める。
「ッん…轟く、」
彼の胎奥にずぷりとすべて呑まれている。突き当たりの弁を押し開くように、逃げ場のない彼の内臓に腰を送り続ける。間近で見上げた轟くんは胡乱な切ない眼に水気をたたえ俺を見ていて、ぞわりと恍惚に怖気が立つ。
壁ごとずん、と突き刺すように轟くんの秘裂を激しく出入りする。
「んっ…!ぁっ、あっ、ぁ」
唾液の光る唇が小刻みに喘ぎ俺に縋る。口を開いたまま彼の冷たい薄い舌を吸いねぶる。快楽に叩き堕とされ蕩けた青と灰が俺を焦点なく見定める。その隙に好きだよととどめを刺す。
俺も、と返そうとしたのか上下にぶれ、引きつれた涼やかな声ががくがくと跳ねた。
気持ち好い。両腕が毛羽立ち、明滅する寒気と熱さがない交ぜに這う。壁を摺るさらついた白赤の毛先が、抽挿する振動で上下に跳ね汗が散る。
彼を弄びたいと思っていたのに、ぐちゃぐちゃになりつつある掛襟や帯が乱れ、無防備に両脚の間を串刺されているのに綺麗だ。
「家で、すりゃいいのに…っわり、ぃ」
俺が中で馴染むにつれ、余裕が少し出てきた轟くんが、あまりの急峻な痴態にやべえなと上擦る鼻を鳴らし、笑いだす。
「っいいよ…僕が今、君を抱きたいと思ったんだから」
ならいい、と弾む息で鼻筋を擦り合い、汗に湿りつくスーツの腰を間断なく突き出す。
「あっ、あ…ッ、んっ、ん」
焦凍くん、と形のいい白い耳殻に唇を擦りつけながら荒く呻く。
ぴたぴたと体液に汚れ肌に馴染んだ湿気で厭らしい皮膚が破裂し鳴る。同時にかすれて開いた彼の喉から、高くわななく甘さが漏れる。頑なな最奥の門を数度ぐっと腰で押し続けると、引き絞るように陥落し亀頭がきゅうと包まれる。
「っあ……ぁッ、!!」
白い喉がのけぞり尖った顎が宙を向く。俺の腹に圧し潰されていた彼の性器からぱっと白濁が飛び散り、辺りの床に跳ね落ちる。
「んんッ……!入…っ、」
「っは…ッ、…ごめん…っ」
先に射精してしまった轟くんの湿る尻たぶを抱え直し、壁に強く押さえつける。浅く抜けそうになる亀頭をすぐに押し込み、轟くんを隙間なく抱きしめた。
ぐらりと揺らぐ白赤の頭を支えるように唇を塞ぐ。顎を強引に押し開き、息苦しくも絡んできた舌を二人でなすりつけ合う。
「んッ、は…っ、ぁっ、や…べ…っ、背、中っ、飯田っ」
力が抜け不安定な体位に怯み、大きく開かせているのにも関わらず俺の腰と首根を締めつけ絡め取り彼は離れない。擦り合わせた額と縋る瞳が狂おしく熱を掃き熱い。曇るレンズが濡れ湿気ている。投げ出されている。抱き合っている。
「大丈夫だ…っ、ずっと支えてる」
ずり落ちてくる男の重みを何度も抱え直す。中に、と言い募るとかぶせるように彼に出せよと赦される。きゅうと締めつけ蠢く襞奥でなだめ慰めるように腰を回すと、灰ぼかしの帯を叩く彼の無防備な性器から潮が噴いた。
力強い彼の右手が耐えなく身悶え、窓をばんと打ち、熱気と汗で曇ったガラスを凍らせた。壁ごと腰で撃ち続ける彼の最奥で耐えていた精が弾ける。
「ん…っ……!!」
俺の精を叩きつけられ胎の中に逆流する違和感を抑えるように、轟くんの腹がびくびくとうねり皺を寄せる。
避妊具の行き止まりに溜まらない生の解放に瞼をきつく閉じる。注いだそばから入りきらない白濁が彼のめくれた赤い肉輪からとろとろと溢れる。二人で無惨に汚れていく。
体液と汗が滴る身頃から脱力した足を投げ出す轟くんを、強く抱き止めた。
この部屋にはヒーローしか来ない。
現場を空けるような爆豪くんではないから、まだきっと来ないだろう。まだ誰も来ないでほしいと願った。
旧友に甘え、ほんの短い夕間暮れを、轟くんと共に爛れる。
ベランダのガーデンテーブルで、一つのパック焼きそばを一つの箸で二人で交互に空腹に詰めていると、河川敷の公営花火が始まった。
「お……、始まっちまった」
着付け直した轟くんは、公民館へ来た時と同じ精美な浴衣姿に戻っていた。皺になった反物の腰下身頃の糊利きは溶け、不自然によれている。見る者が見れば無作法に眉をしかめそうだ。
俺自身も仕事着のヒーロースーツには二人分の不謹慎な穢れが染み込み決まりが悪い。不健全な体技で腹が減ったらしく、焼きそばの三分の二は彼がほとんどを腹に収めてしまった。
「ということは……そろそろ……ば、」
きいん、という大きなハウリングのあとにがなり割れるだみ声が公民館のスピーカーから放たれる。
『おいクソメガネ委員長どもさぼってんじゃねえぞ…ッ‼控室んのさばっとるお前もじゃ半分野郎ッ‼』
今すぐ降りてこい、という台詞に合わせ二重三重にキンキンと乱反射するノイズと共に、放送は締めくくられた。
「…爆豪のやつ、久々だな。あの呼び方」
「あああ…っ、爆豪くん本っ当ーッにすまない…っ!!俺としたことが…っ!!」
ベンチの上でうなだれ頭を抱え、轟くんとのいかがわしい行いに余力をどろどろに溶かしていた時分、一人で現場を回していた旧友に対して謝罪した。
時間にして一時間も控室に滞在していなかったが、汚れたスーツや浴衣を濡らして洗い轟くんの左で乾かしてもらったりと、何だかんだで休憩時間は過ぎていたのだ。
「まあ…、気を取り直して……行こうか、轟くん…。」
言い放ったあとに、ああ、また轟くんと呼ぶことに戻ってしまったなと気がつく。何となく、彼が俺を未だに飯田と呼ばわる理屈を実感した気がした。
「ああ。あともう少しで食い終わるから」
長いしなやかな肢体を丸め込むように抱き潰してしまった。窮屈な出で立ちだったし身体は大丈夫だろうかとちら、と焼きそばを最後までたいらげた轟くんのほうを見る。
「…その、腹…などは大丈夫かい?」
彼は昔よりそげたシャープな頬の咀嚼をもごもごと終え、俺の伺う表情から懸念を汲んでくれたらしい。
「…ああ。何ともねえよ」
今のところは、と後づけし、すごかったなとうっすら微笑む。俺ははあ、と額を抱え、まだ渇ききらないヒーロースーツの濃紺の染みを苦々しく見下ろした。
轟くんを全身で抱えていた腕がまだ痺れている。幸いな重みだ。誰かに見られても止められなかったのに、誰にも見られていないことを願う。
好きで大事であるのに、美しい涼し気な様相を乱暴に剥ぎ取って広げて、釘を刺し、その姿を無意識の彼が望むままさらしてしまいたい刹那的な衝動だった。憶測だけなのに彼が実は被虐的な人でもあるのだと、未だ腹の底が落ち着かない。
ヒーローというのは体力には資本があるし燃費もいい。身支度のあと彼は呆気なくすぐに食事を始めたので、セックスも彼にとっては全身を使う体技のようなものなのかもしれない。
彼の家に寄ればまた二人だ。
そっと仄暗くそばだつ息を抑え、取り直すようにベンチから勢いよく立ち上がった。
「ショートだ!!」
「ことしだめだってきいてたのにほんとにきたあっ!!」
フルマスクになったインゲニウムの隣にヒーローショートの浴衣姿を見つけ、爆豪くんはけっ、と尖った粗暴な口がいつもの唾棄を吐き出すのが見えた。
子供たちの前で情けなくヒーローに詫びる姿は見せられまいと、遠目に深くお辞儀をし詫びをする。
「みんな大丈夫!おうちの法事は落ち着いたそうだよ。また今から少しの時間、ショートはヒーローだ」
同学区内には保育園児や小学校、高校までの祭りに参加する生徒たちが遊びに来ていた。教師の引率はないのでほとんどが友人同士、親御さん連れなので警備が必須だった。
納涼にかこつけた姿で現れたショートくんの周囲には、今日ゴチンコついてねえのかよ、と口々に騒ぐ間瀬垣高校の児童たちが四、五人集まっていた。
仮免補講で轟くんが出会ったらしい彼らももう高校一年生だ。皆一様にヒーロー志望校に入学した。
「公営花火大会の観覧を希望する方は河川敷に向かってください!公民館グラウンドで私物の花火をする方はこのままここに残ってくれ。ここにいるプロヒーロー三名が分担して案内します」
浴衣姿のショートくんはグラウンドでとても目立ち、ただちに行き場を定めた客たちが移動を始める。市井を怒鳴り慣れている爆豪が河川敷への誘導警備を務めるようだ。
「ショートくん。じゃあ俺は、建物内含め周辺の視認警備で周回するよ。君はグラウンドに残って火の元に注意してもらえるかい?」
「ああ、任せろ」
数十分前まで、同性のパートナーに乱れた衣装で穿たれ揺さぶられていた被虐的な男を微塵も感じさせない。
ショートくんは淡々と表情を変えずに児童や保護者たちの誘導を始めていた。グラウンドに掲示しているプログラム案内の時間割を見かけ、自ずから仕事をしたのだろう。
大・爆・殺・神ダイナマイトの睨みを受けてのこともあるだろうが、今回に限り半ばVIP扱いだった彼が結局場を取り仕切ってしまった。
「ねえショート…。あれやって」
「あれ…?何だ」
周辺警備に向かう俺の背後で、小さな二つ結いの小学生女児に浴衣の腿あたりの地をきゅっと引き掴まれていた。ショートくんは裾を丁寧にさばき女児と同じ目線に屈みこむと、少女の言い分に向き合った。
「しゅーっ、てすべるやつ。まえにきいたのがっこうで。こおりとひのわっかのいっぱいくぐるやつ…!」
ああ、と何のことを募られているのか思い至ったのか、轟くんは邪気なくにこりと笑った。二年前にナンバー2就任祝いでA組メンバーと会合をした際、緑谷くんたちと話し笑っていたあの少年のような笑みだった。
彼はやはり逆巻いて不足していた隙に子供返りをしているのではない。
これが彼の雄英の頃から淀みなく見て俺にけしかけていた夢の結実。夢の残暑。
その見えない仮初めの奥に、彼自身も気がついていない、手放しの安堵を己の美しい正義と挑発で喰らおうとする欲求がぐつぐつと眠っている。
学舎をわけた旧友、諭し合う親友、敵の弟その血の元凶、心と躰が噛み合うヒーロー、ヒーローショート。轟焦凍。
彼と心も躰も交え付き合うというのはこういうことかと思う。今夜初めて本物の裸の彼をこの手で抱いた気がしていた。
一緒に滑ろうよ、と彼が女児に手を引かれていく。ショートくんは個性で足場を作れる子供たちを募り公園に集めた。
公民館横の手狭な小公園の遊具をベースに空を力強く薙ぐように撫で、凍てつく滑空路を形成して手本を見せると、子供たちもさまざまな個性を使って有機物を編みだした。
なるほど、個性を右の氷の足場にするのかと、個性をひけらかしたい子供たちとのいい共同作業だと思った。
子供たちの見せたい個性は役に立つ。強い個性の使い道を探し彷徨う不安な両親にも喜ばれる。
仕掛けは大掛かりになり、個人で花火を始めた家族連れや高校生なども墨を既に掃いて暗くなったグラウンドを仰ぎ見た。
青白い月の間に間に冷気がたなびき、氷刃が太古の恐竜のように突き立つ都心の幻想をみんなが見上げている。
喧々と愉しむ人々の声や笑いが増え、そろそろ周回をしようとグラウンドを抜ける時、視界の端に白い霜張が走ってきた。
四角い氷塊の中には車かバイクのエンジンもしくはマフラーのようなものが閉じ込められ、鈍錆色の真鍮のアンティークオルゴールにも見えた。
視線を上げると小学四年生くらいの少年が腕や足から金属のパーツを次々に生み出していて、得意気に俺のほうへ駆けてきた。
「やあ!どうしたいんだい?」
「ねーねーインゲニウム!!俺のりもののぶひんをつくれるから氷で車もバイクもつくれんだぜ!!足からエンジンもはやせるからはえーコツとかおしえてっ!!」
なるほど、生み出せるものは限定的でも八百万くんのような個性か、と得心がいく。霜の道がやってきた先を辿り少年がはしゃぐ奥を見やると、予想どおりショートくんが立っていた。
目線が合ったとわかると、ショートくんがふっと微笑んだ。教えてやってくれ、と目の前の少年を指差す。
「…そういうことか」
――心があたたかく軋む。
歓びだ。
寿ぎのようなものか。
彼が大人として、ヒーローショートとして無限の力に目覚めていく少年と向き合い期待や不安や夢を、適切な他人に委ねてくれたことが嬉しい。
適切でありたいと思う。君にも、他人にも。
轟焦凍が真に安心をするまで、共に沈んで君にまた何度も堕ちて正しくなくても傍にあろうと思う。
悪いが僕のエゴでルール無用の欲望だ。
遠く正しくもないかもしれないが、かつての『ヒーロー』へ。
僕はまだ死んではいない。
了